産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員
田村秀男
昭和21(1946)年、高知県生まれ。昭和45(1970)年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社に入社。ワシントン特派員、経済部自重・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て、平成18(2006)年、産経新聞社に移籍、現在に至る。 日米自動車問題をスクープ、NYのプラザ合意に居合わせ、米財務省内を歩き回り、FRB長官に単独インタビューを試みるなど、まさに、アメリカに支配された戦後日本経済の「歴史」を最前線で取材してきた50年のベテラン現場記者。 日米の政官財の重要人物らの取材を経て、信頼を経てきた。当時の麻生内閣で財務大臣を務めた中川昭一氏と米国防総省(ペンタゴン)元高官との対話では、中川氏に頼まれて通訳を務めたこともある。岸田政権をはじめとした増税路線に反対すべく、現在も国会議員等を相手に講演会などに呼ばれてはレクチャーを続けている。
昭和21(1946)年、高知県生まれ。昭和45(1970)年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、日本経済新聞社に入社。ワシントン特派員、経済部自重・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て、平成18(2006)年、産経新聞社に移籍、現在に至る。
日米自動車問題をスクープ、NYのプラザ合意に居合わせ、米財務省内を歩き回り、FRB長官に単独インタビューを試みるなど、まさに、アメリカに支配された戦後日本経済の「歴史」を最前線で取材してきた50年のベテラン現場記者。
日米の政官財の重要人物らの取材を経て、信頼を経てきた。当時の麻生内閣で財務大臣を務めた中川昭一氏と米国防総省(ペンタゴン)元高官との対話では、中川氏に頼まれて通訳を務めたこともある。岸田政権をはじめとした増税路線に反対すべく、現在も国会議員等を相手に講演会などに呼ばれてはレクチャーを続けている。